tetsugaku poet

qinggengcai

運命論からは逃れられない (-ω-;) 11/xx


>しかし、決定論において、決定されている、というのは、
>一切の出来事についての、完全な因果律である。
>すでに起きた出来事によって、
>次に起きる一切の出来事は完全に決定される。
>次に起きる一切の出来事は、
>すでに起きた出来事によって完全に決定されている。
>すなわち、決定論においては、すべては必然である。

僕は、決定論者ではないけれど、必然はある。
人には、完全に決定されていることがある。
人は、すでに起きた出来事によって、
どうしたって避けられない運命を知っている。
ひとつ残らず、すべては変わる、ってこと、
何の例外もなく、やがては失われる、ってこと、
つまり、生まれた者は、必ず死ぬ、ってこと。

決定論者も、非決定論者も、等しく死ぬ、ってこと。



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    げみ



    

    みんな色とりどり 重なる ハーモニー
    ナナナ~ ナナナ~ リズムにのって まわれ まわれ まわれ

    ―― オアシス/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2011、SPEEDSTAR RECORDS









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  1. 2021年05月08日 00:00 |
  2. 自分らしさ
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 10.a/xx ―― お知らせ


みなさま、こんにちは。
お元気でいらっしゃいますでしょうか。

さて、とてもお名残り惜しいのですが、
長年にわたってお読みいただいたこのブログを、

このたび、諸事情により、



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    げみ



1、SSL に対応させます。

    今さらですが、今ごろですが。
    変更は、5月8日、午前0時を予定しています。

    「http://」から始まるURL が、
    「https://」になりますので、つながらなくても、

    青梗菜は、やめたとか、書けなくなったとか、
    死んだとかを、期待しないでくださいませ。

    https://qinggengcai.blog.fc2.com/



2、ブログ村などへのPing 送信を一時中断します。

    ってことで、一気にランキングが下がりますが、
    青梗菜は、飽きられているとか、疎まれているとか、

    終わっているとかで、喜ばないでくださいませ。



3、リンクを整理します。

    リンク切れのブログ、更新のないブログや、
    往き来、出入りがなくなったブログを外します。

    半分くらいに減ると思います。



4、しばらく休みます。

    掃除をしたり、中古車屋に行ったりしてきます。
    コメント欄は、引続き、いつでも開けっぱで、

    書き込みは、誰でも、即時に反映されます。



みなさま、良い休暇をお過ごしくださいませ。



    

    夢みた未来ってどんなだっけな
    さよなら 昨日のぼくよ

    ―― 深呼吸/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2016、SPEEDSTAR RECORDS









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  1. 2021年04月28日 00:00 |
  2. 自分らしさ
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 10/xx


例えば、比較が可能な、2つのうちから選ぶのなら、
優柔不断な僕だって、たいして迷うことはない。
逆に、人の数だけある、なんてものには、
選ぶも、選ばないもない気がしてくる。

迷うのは、幾つかの選択肢のうちから選ぶときで、
そのどれもが、見通しがつかないときで、
実は、迷っていないときである。
そんなものは、そもそも、迷いようもなくて、

端的に言って、選びたくないときである。



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    げみ



僕の頭がよくないだけだったら、それは、
僕がどうにかすればいい話だけれど、
たぶん、僕に限ったことではなくて、世の中は、
何につけ、選択肢が多いくせに、リスクが見通せない。

ある行動を選択することによって、
または、その行動を選択しないことによって、
或いは、何も行動しないことによって、
危険に遭ったり、損失を被ったりする可能性が、

どうにも、うまく見通せないようになっている。



自分の選択なら、自分で責任を負ってもいい。
でも、判断材料が揃っていなくて、
それゆえに、判断能力も備わりようがないのに、
何をどう判断して選べばいいのか。

選びたくない、選べないと言う自分に訊くよりも、
神に、霊に、星座に、手相に、運命を訊くほうがてっとり早い。
とりわけ、現実が、自分にとって、
受け容れ入れたくないものなら、むしろ、

現実でないものが、正しい答を教えてくれそうだ。



    

    君と背中合わせ 見上げる空 見つめ合うよりも
    一つになれるからさ 大好きなんだ

    ―― 線画/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2017、SPEEDSTAR RECORDS



>危険に遭ったり、損失を被ったりする可能性が、
>どうにも、うまく見通せない。
この一文を読み飛ばす僕たちは、運命論からは逃れられない。
もしも、完全に、リスクが見通せるのなら、

それこそが、直ちに、運命論である。









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  1. 2021年04月26日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 9/xx


今月、ワイモバイルから、楽天に変えて、
格安SIM から、1年間無料のSIM になって、
安価な国産端末から、低廉な中国製端末になった。

途端に、スマホに関連した広告が増えてくる。
自分が何かを購入したことによって、
次に何かを購入する未来が、そこに示されている。



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    げみ



グーグルの検索窓に文字列を入力すると、
1文字めから、予測が始まり、検索候補が例示されてくる。
次に何かを検索する未来が、そこに示されている。

うっかり、ぼんやりしていると、ついつい、それを選んでしまう。
>つまり、自由意志は否定される。
>自分が選んだことは、そう選ばさせられていることだから。

だからって、広告はすべてブロックする、とか、
検索候補は表示させない、とか、極端に振れることもなく、
なんとなく、やり過ごしているうちに、

僕なら、時には、都合よく共犯関係を作って、
時には、気にも留めずに共犯から離脱して、
もう、主題に据えることも、関心を持つこともなくなった。

視界には入ってきても、たぶん、嫌わない機制がある。
広告も、検索候補も、主題的に意識していたら、
その都度、腹が立って、つらくてやっていられないだろう。

そんなふうに、運命論だって、わざわざ嫌うこともない。



    

    ありきたりの今日を 賑やかさないように
    夜明け色のペン 選んで描いた

    ―― Quiet Light/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2021、SPEEDSTAR RECORDS



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  1. 2021年04月25日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 8/x


自分で選ばない、ということは、
自分で選ぼうとしない。
選ばない、のではなく、
選ぼうと思わない、選びたくない。

そのため、他に選択肢がなくなるまで、
いつまでも、選択が先延ばしになる。
選択肢があるときに選ばないで、
選択肢がなくなるのを待っている。

選択肢がなくなって、初めて、
自分は選ばされているだけだった、
と言うことができるから。
運命の所為にすることができるから。

決定されているのではなく、
決定されていると思いたい。
いつまでも迷っているときは、僕なら、
選ぶ気がないときである。

自分で選んだことにしたくないときである。



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    げみ



自分で選択する、ということは、
もう選択できなくなる、ということで、
あったはずの選択肢を断って、不自由になることで、
あったはずの自由を、自ら捨て去って、

選ばれなかった未来の時空を想い描くことである。



    

    ずるい ずるい ずるい ずるい ずるい ずるい
    僕はずるい ずるいよ

    ―― おあいこ/ハナレグミ
    ―― 野田洋次郎 作詞作曲、2015、Victor Entertainment









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  1. 2021年04月24日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 7/x


>すなわち、決定論においては、すべては必然である。
>つまり、自由意志は否定される。
>自分が選んだことは、そう選ばさせられていることだから。
>自由には責任が伴うが、おそらく、決定論者は、
>自由を失っても、責任を負いたくない人たちなのだろう。

自分が、今、ここに生きているのは、
自分の所為ではない、ということはできる。
もの心がついたときには、自分は、すでに生きてしまっていた。
しかし、自分が、今、ここに、
こうして生きているのは、自分の所為だ。

自分の所為だ、そう言える者だけに、未来を選ぶ自由がある。
自分は選ばされているだけ、と言う者には、
責任もない代わりに、自由もない。
決まっている運命を、トレースしているだけであり、
自分が、今、ここに、こうして生きているのは、

自分の所為ではなく、運命の所為である。



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    げみ



    

    友達のようでいて 他人のように遠い
    愛しい距離が ここにはいつもあるよ

    ―― 家族の風景/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2002、Capitol Music



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  1. 2021年04月23日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 6/x


「性格は運命である」とノヴァーリスは言った、
ってことになっているらしい。

まるで、ノヴァーリスがそう言うまで、誰も、
「性格は運命である」ことに気づかなかったみたいだ。

甲本ヒロトは「人にやさしく」と歌ったけれど、
その歌詞が巷間に受け容れられたのは、すでに、予(あらかじ)め、

歌詞の意味が、巷間に流布していたからである。



甲本ヒロトが「人にやさしく」と言ったように、
ノヴァーリスは「性格は運命である」と言った。

それなら、それで、よくあることだが、
ノヴァーリスの場合は、少々、事情が違う。

「性格は運命である」とノヴァーリスは言った、
―― とトマス・ハーディが言った。

人々は、誰もが知っているハーディを通して、
あまり知られていないノヴァーリスがそう言ったことを知る。

小説「カスターブリッジの市長」で、
ハーディは、ノヴァーリスを引く。

Character is Fate, said Novalis,
and Farfrae's character was just the reverse of Henchard's, ……

性格は運命である、とノヴァーリスは言った。
Farfrae の性格は、Henchard の性格のまるで逆だった。……

―― The Mayor of Casterbridge/Thomas Hardy



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    げみ



ハーディが意訳したのは、おそらく、
ノヴァーリスの小説「青い花」の、このフレーズ、

daß Schicksal und Gemüth Namen Eines Begriffs sind.
心情と運命とは、同じひとつの概念を表わす名前だ。……

―― Heinrich von Ofterdingen/Novalis



性格は運命である、なんてのは、すでに、
紀元前のギリシアで流布していたフレーズで、

とりわけ、誰が言った、なんてものでもないが、
ともかく、性格と運命を等号で結んでいるに過ぎない。

それは、人の性格は運命によって定められている、
という意味にも取れるし、

まるで逆に、性格がその人の運命を作っている、
という意味にも取れる。

その人は、その人がするようにしかできない、
という意味にも取れるし、

ということは、その人は、その人がするようにできる、
という意味にも取れる。

違いは、その人の、心情、だけなのかもしれない。
改めて、ノヴァーリスを引こう。

心情と運命とは、同じひとつの概念を表わす名前だ。……
―― 青い花/ノヴァーリス作品集 第2巻 青い花・略伝

―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    

    抱きしめるふりして 抱きしめてもらってた
    愛するふりして 愛してもらってた

    ―― おあいこ/ハナレグミ
    ―― 野田洋次郎 作詞作曲、2015、Victor Entertainment



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  1. 2021年04月22日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 5/x


行為の責任を行為者に問えないのなら、
他人との共存は困難になる。
殴られても、謗(そし)られても、差別を受けても、
殴る人は、殴る運命であり、
殴られる人は、殴られる運命である。

謗る人は、謗るように決まっていて、
謗られる人は、謗られるように決まっていたが、
おそらく、そんなのは、誰も許容しないだろう。
自分の行為は、運命の所為にしても、
他人の行為は、自由な選択の結果にするはずだ。

自分が差別するときには、
運命だから仕方がないけれど、
自分が差別されたときには、
執拗に責任を問うに決まっている。
ますます、他人との共存は困難になるが。

もとより、他人との共存が困難な理由は、
共存が困難な者と共存しようとすることにある。
運命論の実際は、そんなふうに、
恣意的な運命論の運用で、
そんな自分勝手な思考も、また、

運命だから仕方がないのか。



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    げみ



    

    ハンキーパンキー 遊ぼうよ 答えは一つだけじゃないんだよ
    ハンキーパンキー 楽しいと 素直に言えるほうが素敵だよ

    ―― ハンキーパンキー/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2003、Capitol Music









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  1. 2021年04月21日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 4/x


>いつにも増して、青梗菜の文章は気持ちが悪い、って思うのも、
>自分がそう思う、と思っているに過ぎないことで、
>自分がそう思う、って思うことも決まっていたことで、
>自分がそう思う、と思わされているに過ぎず、
>そう思わさせられていることである。

僕なら、青梗菜の文章は気持ちが悪い、で終わりにする。
続く4行に意味はなく、何の機能も果たさない。
決まっていても、いなくても、思わされていても、いなくても、
思うことも、思わないことも避けられないし、
未来は、相変わらず不確かなままで、

予測の精度は、上がりも下がりもしない。



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    げみ



>すなわち、決定論においては、すべては必然である。
つまり、自由意志は否定される。
自分が選んだことは、そう選ばさせられていることだから。
自由には責任が伴うが、おそらく、決定論者は、
自由を失っても、責任を負いたくない人たちなのだろう。

残念ながら、僕たちが生きているこの社会では、
運命だから、宿命だからと言い出しても、
自分の選択に対する責任は回避されない。
すると、決定論者には、自由はないが、責任は伴うことになる。
そして、決定論者に、その不条理の説明はいらない。

決定論においては、すべては、そう決められたことである。



    

    だれでもない どこにもないぜ 君だけの光と影
    光の先の闇を見に行こう 光と影

    ―― 光と影/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2009、SPEEDSTAR RECORDS



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  1. 2021年04月20日 00:00 |
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運命論からは逃れられない (-ω-;) 3/x


すでに起きた出来事によって、おおよそ、
次に起きる出来事は決定される。
次に起きる出来事は、おおよそ、
すでに起きた出来事によって決定されている。
―― それなら、決定されていると思う。

それ以後の出来事は、それ以前の出来事によって予測をつける。
おおよそ、突拍子もない出来事というのは、
そうそう起こらないから、突拍子もない出来事だ。
しかし、決定論において、決定されている、というのは、
一切の出来事についての、完全な因果律である。

すでに起きた出来事によって、
次に起きる一切の出来事は完全に決定される。
次に起きる一切の出来事は、
すでに起きた出来事によって完全に決定されている。
すなわち、決定論においては、すべては必然である。



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    げみ



決定論においては、自分が決めた、ってことは、
自分が決めた、と思っているに過ぎないことで、
自分が決めた、って思うことも決まっていたことで、
自分が決めた、と思わされているに過ぎず、
そう決めさせられている、ということである。

決定論なんて信じられない、って考えるのも、
自分がそう考えた、と思っているに過ぎないことで、
自分がそう考えた、って思うことも決まっていたことで、
自分がそう考えた、と思わされているに過ぎず、
そう考えさせられている、ということである。

いつにも増して、青梗菜の文章は気持ちが悪い、って思うのも、
自分がそう思う、と思っているに過ぎないことで、
自分がそう思う、って思うことも決まっていたことで、
自分がそう思う、と思わされているに過ぎず、
そう思わさせられている、ということである。

もう、面倒くさくて、読んでられない、って思うのも。



    

    だれでもない どこにもないぜ 僕だけの光と影
    闇の向こうの光を見に行こう 光と影

    ―― 光と影/ハナレグミ
    ―― 永積タカシ 作詞作曲、2009、SPEEDSTAR RECORDS



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  1. 2021年04月19日 00:00 |
  2. 自分らしさ
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