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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 36/36


    つれづれなるまゝに、
    日くらし、硯(すずり)にむかひて、
    心に移りゆくよしなし事を、
    そこはかとなく書きつくれば、
    あやしうこそものぐるほしけれ。
    ―― 徒然草/吉田兼好 著
    ―― 西尾実、安良岡康作 校注、1985、岩波文庫



>文体に沿わせているうちに、ついつい、
>書き手の意図よりも、文体が優位になって、

>書き手は、文体の自己生成を制御できずに、
思考が操られ、手指が動かされる。

まるで、寄生虫に憑りつかれた宿主のように。



他人と生きることを知らなければ、
自らの存在条件を認識して、

独りの人になることはない。
そんなのも、他人が教えてくれること。

成長した文体は、例えば、ブログ、なんていう、
得体の知れないプラットフォームに宿主を連れ出して、

自己再生産を図るために、臆面もなく、
文体をまき散らし始めるのかもしれない。

他の宿主を探すために、誰かの心に宿ればと。



文体の自己生成が止まらない。
僕は、こんなことを書きたかったのか、と訝(いぶか)しむ。

>心に移りゆくよしなし事を、
>そこはかとなく書きつくれば、

くだらないことを、とりとめもなく書きつけてみると、
>あやしうこそものぐるほしけれ。

なんだか妙に、狂ったような気分になってくる。



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    げみ



    

    今でも覚えているあなたの言葉
    肩の向こうに見えた景色さえも
    
    ―― M/森恵
    ―― 富田京子 作詞、奥居香 作曲、1988、CBS/SONY



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  1. 2021年11月24日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 35/36


>少なくとも、僕は、機能主義とか、原理主義とか、
>そんな対立は、考えなくてもいい。
それなら、とても単純で、とても楽ちんで、

機能主義=原理主義であるのなら、
原理は知らなくてもいいから、
機能させることにリソースを注ぎ込めばいい。

そして、人の文体プログラムは、
頭を使って、身体を使って、
心を動かせているうちに、

自らの機能を向上させるから、
人は、自己組織化する文体ロボットである。
自らを機能させることに集中すれば、

原理は、その後でも遅くない。



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    げみ



    

    あなたと出会い 時は流れる 思いを込めた手紙もふえる
    いつしか二人 互いに響く 時に激しく時に切なく

    ―― 小さな恋のうた/MONGOL800
    ―― 上江洌清作 作詞、MONGOL800 作曲、2001、HIGH WAVE



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  1. 2021年11月23日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 34/36


>文体に沿わせているうちに、ついつい、
>書き手の意図よりも、文体が優位になって、
>書き手は、文体の自己生成を制御できずに、
まるで、文体プログラミングで動くロボットのようだ。

>文体は、思考の秩序と運動であり、
文体ロボットの僕としては、
自分の運動機能が働けば、そのまま、
僕の目的を果たしていることになる。

>誰にとっても、当たりまえなことなら、
>僕は、考えることも、説明することもなくて、
だから、文体は、自明性と非自明性の懸隔で揺れ動く、
弁証法的な秩序と運動である。

>その文体には、その人そのものが現れる。
>さらには、その人は、その文体を生きている。
>ひいては、文体が、その人の生き方を規定する。
なんて、誇大妄想っぽく書いたけれど、

僕は、僕の文体には、僕そのものが現れることや、
僕は、僕の文体を生きていることや、
僕の文体が、僕の生き方を規定することなど、
知らなくても、目的を果たすことになる。

僕は、そもそも、文体とは何か、
なんてことさえ、分からなくてもいい。



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    げみ



語句も、配列も、順序も、韻律も、リズムも、
もっぱら、文体のために作られているから、
それらが機能することで、予(あらかじ)め、
または、同時に、原理を満たしている。

少なくとも、僕は、機能主義とか、原理主義とか、
そんな対立は、考えなくてもいい。



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  1. 2021年11月22日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 33/36


>つまり、一周も二周も回ったような周到さで、
>自らの否定も、自らの肯定も、自前で用意してくるような、
>壊すために作り上げ、作り上げるために壊すような、

>自分が独りで考えていることがすでに、
>複数の人たちと一緒に考えているような考え方で、
>さまざまな側面から、いくつかの位相が入っているような、

そんなのを、読み手に説明するためには、
読み手の思考方法を想定しなければならず、
無駄に難解な文体では、誰の思考にも沿えなくなる。

晦渋さを有難がるのは、浅薄なエリーティズムで、
そんなのが特権的、権威的な時代は過去になればいい。
しかし、あまりに平易な文体、著しく貧弱な文体も、

読み手の思考方法からは逸れてしまうだろう。



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    げみ



文体を選ぶ、ってのは、読み手とどんな関係を生み出すのか、
ってのを考えているんだと思う。
言葉と切り離せない背景や、言葉が堆積している地層や、

言葉が織り成す手ざわりや、温もりや、冷たさや、
コードや、連辞関係を、感知できる書き手と読み手なら、
文体は、高度な暗号になり、書き手は、

>意識的に、文体で、読み手の選別を図っている。



    

    遠く 遠く ただ 埋もれていた
    でも 今 あなたに 出会ってしまった

    ―― アイ/Goose house
    ―― 秦基博 作詞作曲、2010、Ariola Japan



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  1. 2021年11月21日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 32/36


>しっかりと独りになるためには、
>しっかりと他人がいなければならない。

他人がいるから、独りが分かる。
分かる、ってのは、分ける、ってことだ。

もっと分かる、ためには、もっと分ける。
繊細に分かる、ためには、繊細に分ける。

繊細、ってのは、ディテールを持ち込むこと。
さらに細かく分解されること。

分解された分だけ、世界は細切れになって、
時として、それは、理解、なんて呼ばれたりする。

そして、分けられたものなら、合わせることができる。
つまり、分離できたら、結合もできる。

分割できたら、一括もできる。
分裂できたら、統合もできる。

分節できたら、生成もできる。
具象化できたら、抽象化もできる。

分かれていないものは、合わせられないし、
合わさっていないと、分けられないから、

それらは、実は、同じ意味になる。



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    げみ



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  1. 2021年11月20日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 31/36


>しっかりと独りになるためには、
>しっかりと他人がいなければならない。

確かに孤独を感じさせてくれる他人。
独りになるためには、そんな他人を必要とする。

一人でいるときにでも、一人ではないと思わせて、
二人でいるときにでも、一人を感じさせるくらいの、

矛盾といえば矛盾、当然といえば当然の。



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    げみ



一人でいることができる、一人でも不安にならない、
そんな人が二人でも安定できるし、

二人でいることができる、二人でも不安にならない、
そんな人が一人でも安定できる。

矛盾といえば矛盾、当然といえば当然の。



    

    君が何か伝えようと にぎり返したその手は
    ぼくの心のやらかい場所を 今でもまだしめつける

    ―― 夜空ノムコウ/Uru
    ―― スガシカオ 作詞、川村結花 作曲、1998、Victor Entertainment



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  1. 2021年11月19日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 30/36


>雨が降っていなければ、傘はいらない。
>そして、雨の悪口を言い続けるだけで、
>外に出ない人にも傘はいらない。

二択ではない。
二択になるような問題なら、
問いが間違っている。

対立はしない。
いつまでも対立が崩せないのなら、
対蹠点が間違っている。

背馳はしない。
行き違うことができる人たちなら、
並んで歩くこともできる。

>雨の中でも、勇気ある選択で、
>歩き出す人が、傘を必要とする。
並んで歩くことができないのは、

一歩も動けない人たちだろう。



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    げみ



    

    あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ
    全てが思うほど うまくはいかないみたいだ

    ―― 夜空ノムコウ/森恵
    ―― スガシカオ 作詞、川村結花 作曲、1998、Victor Entertainment



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  1. 2021年11月18日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 29/36


>それは、自慢できるような何かではなく、
>例えば、雨が降る日には、
>傘を差すような何かである。
>どうしようもない何かである。

雨が降っていなければ、傘はいらない。
そして、雨の悪口を言い続けるだけで、
外に出ない人にも傘はいらない。
雨の中でも、勇気ある選択で、

歩き出す人が、傘を必要とする。



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    げみ



    

    歩き出すことさえも いちいちためらうくせに
    つまらない常識など つぶせると思ってた

    ―― 夜空ノムコウ/スガシカオ
    ―― スガシカオ 作詞、川村結花 作曲、1998、Victor Entertainment



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  1. 2021年11月17日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 28/xx


>読み書きは、読み手も書き手も、しっかりと、
>独りになれる人でなきゃ掛からない魔法である。

しっかりと独りになるためには、
しっかりと他人がいなければならない。

理屈ではそうなるから、矛盾といえば矛盾、
しかし、当然といえば当然のこと。



    二人デ居タレドマダ淋シ、
    一人ニナツタラナホ淋シ、
    シンジツ二人ハ遺瀬(やるせ)ナシ、
    シンジツ一人ハ堪(た)ヘガタシ。

    ―― 白金之独楽~他ト我/北原白秋 著、
    ―― 北原白秋詩集、下、安藤元雄 編、2007、岩波文庫



「二人」と「一人」を入れ替えても、
詩が成り立つから、矛盾といえば矛盾、

しかし、当然といえば当然のこと。



    一人デ居タレドマダ淋シ、
    二人ニナツタラナホ淋シ、
    シンジツ一人ハ遺瀬ナシ、
    シンジツ二人ハ堪ヘガタシ。



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    げみ



    

    言葉にできず凍えたままで 人前ではやさしく生きていた
    しわよせで こんなふうに雑に 雨の夜にきみを抱きしめてた

    ―― Rain/Goose house
    ―― 大江千里 作詞作曲、1988、EPIC/SONY RECORDS



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  1. 2021年11月16日 00:00 |
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年ごろ、徒然に ―― ブログの作法 27/xx


呪われているとしか思えないけれど、僕だって、
いつでもどこでも愚か者でいるわけではない。
独りになったときに油断して、ついついうっかり、
呪いや、魔法に掛かってしまう。

書く、ということも、読む、ということも、
それらは、ある種の呪いや、魔法である。
どちらも、誰かと共にはできなくて、
同じ時間に、同じ部屋で、同じことについて書き、

同じ文章を読むことはできるけれど、
読み書きは、独りにならないとできないことである。



    Sieh, wie sie dieselben Möglichkeiten
    anders an sich tragen und verstehn,
    so als sähe man verschiedne Zeiten
    durch zwei gleiche Zimmer gehn.
    ―― Die Schwestern/Rainer Maria Rilke

    ごらん ふたりが同じ出来事を
    別々に身につけ べつべつに理解するのを
    それはまるで異(ちが)った時間が ふたつの
    同じ部屋をよぎってゆくかのようだ
    ―― 姉妹/ライナー・マリア・リルケ

    ―― リルケ詩集/リルケ 著
    ―― 富士川英郎 訳、1963、新潮文庫



そして、読み書きは、書く気にならないと書けない、
読む気にならないと読めない。
自分が書かないと書いたことにはならなくて、
自分が読まないと読んだことにはならない。

一緒にいる誰かに、代わりに書いてもらうことも、
誰かに代わって読んであげることもできない。
そのとき、書いたのは、自分ではなく、誰かであり、
読んだのは、誰かではなく、自分である。

読み書きは、読み手も書き手も、しっかりと、
独りになれる人でなきゃ掛からない魔法である。



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    げみ



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  1. 2021年11月15日 00:00 |
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