「あなたのこころがきれいだから
なんでもきれいに見えるんだなあ」
「心がきれいな人は、外見もきれい」
どちらも、きれいなフレーズだ。
どんなにきれいなフレーズでも、
僕が触れば、汚れてしまう。
なんでも、たちどころに腐らせる。
「千と千尋」の、「腐れ神」のように、
世の中には、抜けない刺(とげ)が、
いくつも刺さっている。

「カオナシ」がいくらでもいるように、
顔だけ、なんてのもいくらでもいる。
どちらも、どこにでもいる、
ありきたりな、
化け物なのだろう。
張り詰めた日々を 溶かすのは
朝焼け前の 君のこころ
両手を 広げたら
聴こえてくるよ
―― 琥珀色の街、上海蟹の朝/くるり
―― 作詞、作曲、岸田繁、
―― 2016、SPEEDSTAR RECORDS
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- 2017年10月09日 20:03 |
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「あなたのこころがきれいだから
なんでもきれいに見えるんだなあ」
―― みつを
このフレーズは、
「心がきれいな人は、外見もきれい」
というフレーズを無化させる。
心がきれいな人から見れば、
なんでもきれいに見えるから、
心も外見も、汚いということはない。
「心がきれいな人は、外見もきれい」
そんなのは当然であり、
それ以外には帰結しない。

心が汚い人なんていない。
もしも、そう思えないようなら、
その理由は、自らの心の汚れである。
しかし、その理由は、
心が汚い人なんていないことに矛盾する。
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- 2017年10月09日 20:01 |
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「あなたのこころが
きれいだから
なんでもきれいに
見えるんだなあ」
これは違う。
「心がきれいな人は、外見もきれい」
これも違う。
その逆の、
「外見がきれいな人は、心もきれい」
これが正しい。
ぶさいくは、
持ってしまった親切心を、
表に出せば、
迷惑がられる。
きれいな心は、
抑えたほうがいい。
なにもかも違う。
全員だめだ。
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- 2017年10月07日 20:35 |
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「心がきれいな人は、外見もきれい」、
これに因果関係を認めると、
ぶさいくは、汚い性格の現れになる。
ハンセン病は業病、
AIDSはゲイの病気、
糖尿病は贅沢病だった。
うつになるのは心が弱い人。
いじめられる側にも原因がある。
頭が悪い人たちの原因と結果は、
あらゆる差別を支え続ける。
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- 2017年10月07日 20:34 |
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「心がきれいな人は、外見もきれい」、
このフレーズを、
「心がきれいな彼女は、外見もきれい」
という、特定の誰かのことがらにして、
僕は、落ち着きを得る。
「心がきれいな人は、外見もきれい」、
このフレーズの、
要素を無化させるから。
心のきれいさと、外見のきれいさとの、
因果関係から離れるから。
「心がきれいな彼女は、外見もきれい」、
ここにも、2つの属性があるが、
それらは、因果関係を要せず、
すでに、それぞれに成り立った属性としての、
心のきれいさと、外見のきれいさになる。
それらは、原因と結果ではない。
相互の作用である。

『61.0%の男性がYES! 「心がキレイな女性は外見もキレイ」な理由って?』
https://woman.mynavi.jp/article/150525-20/
僕は、もう、ふつうに考えるということが、
できなくなっているらしい。
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- 2017年10月07日 17:31 |
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心がきれいな人は、外見もきれい。
人、ってのがぼやけているから、
いろいろ代入してみる。
心がきれいな連帯保証人は、外見もきれい。
心がきれいな郵便配達人は、外見もきれい。
心がきれいな会計監査人は、外見もきれい。
心がきれいな近江商人は、外見もきれい。
心がきれいな在外邦人は、外見もきれい。
心がきれいな大道芸人は、外見もきれい。
心がきれいな被告人は、外見もきれい。
心がきれいな通行人は、外見もきれい。
心がきれいな相続人は、外見もきれい。
心がきれいな詩人は、外見もきれい。
心がきれいな個人は、外見もきれい。
心がきれいな他人は、外見もきれい。
どれも収まりが悪い。
心がきれいな美人は、外見もきれい。
意味が重なるのも違う。
心がきれいな彼女は、外見もきれい。
特定の誰かになって、やっと収まってくる。
つまり、このフレーズには普遍性がない。
すべての人に当てはまるわけではないのに、
とりあえず、人、と措定して、
任意の誰かが代入されるのを待っている。
心がきれいな自分は、外見もきれい。
自己申告も、思いのままに。
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- 2017年10月06日 21:22 |
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心がきれいな人は、外見もきれい。
嘘くさいフレーズだ。
まずは、無根拠に、
違う、と言ってやる。
この根拠のなさが、
僕を作っている。
正しいとか、
間違っているとか、
そんなのでは埋まらない。
合理とか、不合理とか、
そんなのでは届かない。
理由は、きっと、
後から、書き加えられる。
出来の悪い、言い訳のように。
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- 2017年10月05日 19:55 |
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心がきれいな人は、外見もきれい。
このフレーズが成り立つためには、
まず、2つの要素に気づく。
心と身体が、別のものであること、
心にも身体にも、美しさ、があること。
大多数の賢明な人にとっては、
当たりまえなことで、
問題にもならないことなのに、
稀に、ここで足を取られて、
立ち止まる人がいる。
健全な精神は健全な、とか、
両輪が揃ってこそ、とか、
外見に滲(にじ)み出る、とか、
説教くさい話はどうでもいい。
そんなものには躓(つまづ)かない。
平安時代の美人は、
引目鉤鼻(ひきめかぎばな)で、
なんて雑学もどうでもいい。
探しているのは、
自分の足下(あしもと)。
自分が、何に足を取られたのか。
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- 2017年10月03日 12:08 |
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心がきれいな人は、外見もきれい。
気に入らないけれど、
なんとなく正しいと思わせる命題。
こんな言説は、
優しい見かけを作っているのに、
実は、きついことを言う。
逆にいえば、
外見がきれいな人は、心もきれい。
結局は、見た目がすべてか。
対偶は、
ぶさいくは、心もぶさいく。
世界の終わりが見えてくる。
この世には、神も仏もいないのか。
その理由は 人それぞれ
耐え抜くためには仰け反れ
この街はとうに終わりが見えるけど
俺は君の味方だ
―― 琥珀色の街、上海蟹の朝/くるり
―― 作詞、作曲、岸田繁、
―― 2016、SPEEDSTAR RECORDS
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- 2017年10月02日 12:21 |
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あなたのこころが
きれいだから
なんでもきれいに
見えるんだなあ
―― みつを
認識の主体と客体を、
当然のように二元化して、
主体も客体も包み込み、
当然のように一元化させる。
それを無理なく可能にさせるのは、
「きれい」という形容。
物心一如、主客合一。

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- 2017年10月01日 21:33 |
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