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qinggengcai

下手っぴな優しさについての言い訳 15/xx


>僕は、必ず、僕が取りこぼした、
>優しさを踏みつけて立っている。
>それを疑いなく信じることができるのは、
>自分の優しさを受け取ってもらえずに、
>反故にされた経験を持つ人たちだろう。

>そんなきれいごとを信じられない人たちも、また、
>自分の優しさを受け取ってもらえずに、
>反故にされた経験を持つ人たちだろう。
どっちだよ、って話だけれど、
どちらでも選べるから、人は自由だ。

もちろん、自分の優しさを、
他人に受け取ってもらえるかどうかは選べない。
そんなところには、自由はない。
自分にできることは、差し出した優しさを、
虚(むな)しく引っ込めることだけである。

しかし、かつて、虚しい思いをした自分の傷みが、
他人の優しさを感知するセンサーの精度を上げる、
ってのは、感傷的に過ぎるだろうか。



    200127e.jpg



僕には、ついつい、自分のことばっかりで、
天秤(てんびん)の錘(おもり)が狂うときがある。
他人の優しさには、異常に鈍感で、
自分の優しさには、過剰に敏感だったりする。
当然、他人の優しさは、気づけないほどに軽くなる。

つまりは、他人の優しさを反故にすることに鈍感で、
自分の優しさが反故にされることに敏感で、
ひいては、他人を傷つけることに鈍感で、
自分が傷つけられることに敏感だったりする。
当然、他人の優しさを感知するアンテナが鈍っている。

しかし、かつて、誰かに負わせた傷みへの後悔が、
他人の優しさを感受するアンテナを尖らせる、
ってのは、感傷的に過ぎるだろうか。



    

    ください ください ばっかで 何も あげられなかったね
    生きてきた 意味なんか 分からないまま

    ―― 帰ろう/藤井風
    ―― 藤井風 作詞作曲、2020、UNIVERSAL SIGMA



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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年03月27日 00:00 |
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